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下関観光ガイドブック WEB版

ゆかりの人物一覧

  • あの日本文学巨匠も・・・
    松本清張
    まつもとせいちょう
    1909-1992

    1歳から7歳までの幼少時代を下関で過ごしました。その様子が「半生の記」に描かれています。自宅跡付近のみもすそ川公園内に文学碑が建っています。

  • 晋作の活躍を支えた
    おうの
    おうの
    1843-1909

    下関で芸妓をしていた20歳の頃、高杉晋作と出会い、東奔西走する晋作を愛し支えた女性。晋作の没後は出家し、谷梅処として生涯、東行庵を守りました。

  • 旅に生きた女流俳人
    田上菊舎
    たなかきくしゃ
    1753-1826

    江戸後期、加賀の千代女と並び称された女流俳人。旅を愛し、江戸、京都、北陸、九州を巡り、俳句三昧の人生を生きました。晩年は長府に住み、この地で没しました。
    満珠・干珠を詠んだ“磨く晴れや汐干汐満ち長門潟”は、代表作の一つ。

  • 花も嵐も・・・不世出の大女優
    田中絹代
    たなかきぬよ
    1909-1977

    下関市丸山町生まれ。14歳でデビュー。「伊豆の踊り子」「愛染かつら」など、黄金期の日本映画界を代表する女優として活躍。遺品約600点が下関市に寄贈されました。

  • 花の命は短くて・・・
    林 芙美子
    はやしふみこ
    1903-1951

    幼少期を下関で過ごし、各地を転々とした後、上京。『放浪記』で人気作家となり、『浮雲』『清貧の書』『晩菊』など多くの作品を発表。昭和26年(1951)心臓まひで急逝。

  • われらのテナー
    藤原義江
    ふじわらよしえ
    1898-1976

    英国人を父に、売れっ子芸者を母に生まれ、新国劇の俳優から世界的オペラ歌手となり、熱狂的な人気を博しました。日本にオペラを根付かせた功労者でもあります。

  • ここ下関で童謡詩人として開花
    金子みすゞ
    かねこみすず
    1903-1930

    長門市仙崎で生まれた金子みすゞは、20歳の時に下関に移り住み、亡くなるまでの間に、慈しみと優しさに満ちた多くの童謡詩を生み出しました。

  • 松門双璧の一人
    久坂玄瑞
    くさかげんずい
    1840-1864

    高杉晋作の盟友。奇兵隊の前身となる光明寺党を結成。元治元年(1864)七月、京都・禁門の変で討死。

  • 動けば雷電の如く 発すれば風雨の如し
    高杉晋作
    たかすぎしんさく
    1839-1867

    萩城下に生まれ、松下村塾に学び、幕末の最強軍団・奇兵隊を創設。長府功山寺の挙兵を機に長州藩を討幕運動の主役へと導きますが、維新実現を目前に没しました。

  • 維新の偉大なる裏方
    白石正一郎
    しらいししょういちろう
    1812-1880

    荷受問屋を営む傍ら、自らも隊士として高杉晋作と奇兵隊を支えた勤王商人。晩年は一切の俗事から離れ、赤間神宮の宮司として生涯を終えました。享年69歳。

  • われらのヒーロー
    松田優作
    まつだゆうさく
    1949-1989

    下関市伊崎町生まれ。’73「太陽にほえろ」でデビュー。アクションスターとして、演技派として多くの映画主演をこなす。「家族ゲーム」で数々の映画賞を総ナメにし、映画スターとしての頂点に立つ。’89年「ブラックレイン」でハリウッドデビューを果たすも、ガンに倒れる。(享年40歳)今なお熱烈なファンも多い。

  • 日本初のエンターテイナー
    二村定一
    ふたむらていいち
    1900-1948

    日本の男性流行歌手第1号でジャズを日本語で歌い、日本で最初にレコーディングして大ヒットさせました。エノケン(榎本健一)とのコンビで映画や舞台でも活躍しました。